鹿月秋の晴耕雨読

鹿月秋(from-origin design)の、他愛もない、そして、くだらない日常を無駄な長文で綴っています。
鹿月秋の晴耕雨読

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バブリーな運送業
 最近、立て続けに、「バブル期の日本」の話を
聞く機会があった。

彼らは、口を揃えて、「あの頃は良かった」
と言う。

今、「日本は景気が悪い」とマスメディアでは
言っているが、私としては、そんなこともない、
と思っている。

今の日本の経済を、バブル期の経済と比較している、
そんな風に思うからだ。

あの、バブル期に比べて、今の日本経済は、悪い。

そりゃ、そうだろう。

ある経済学者が、言っていた、
「不景気が20年も続くはずがない、
今の日本の経済が、本来の経済である、
今ある不景気は、それほど問題がない」
と。

私の感覚では、この意見に同意するのだ。

不景気だ、不景気だ、と騒いでいるが、
私の見る感じ、それほど不景気なようには、
見えない。


たしかに、いくつかのシステムの変更はあっただろう、
でも、それだけのことである。

皆、私も含めて、インターネットで買い物もするのだ、
便利だなぁ、とか言って。

ここのところ、思うところがあって、
今、何かの業種を立ち上げるとしたら、
どの業種が良いのか。

たぶん、それは、間違いなく、
運送業だろうと思う。


例えば、私が、インターネットで何かを買い物するとしよう。

これまでだと、店に足を運んで、買う必要があった、
これを運送業が代替しているのである。

星新一の世界だ。

たぶん、私たちは、今よりも、もっと、
自分自身で買い物に出かけることを
しなくなるだろう。

今や、レンタルDVDでさえ、自宅でできるのだ。

使う側と、使われる側、という2極化が進むのだ。

それを根底で支えるのは、運送業である。

私が出向く代わりに、運送業の人々が、走っているのだ。


近い将来、運送業は、政府と癒着して、
大もうけする時代が来る、
彼らが走らなければ、私たちは、何も
手にすることができないのだから。

今、事業を起こすのであれば、政治家か、
そうでなけれな、運送業以外には
考えられないな、と思う。


そういった大きな潮流に、できるかぎり、
反発しながら、生きて行くことが、
たぶん、私の生き方なんだろうな、と思うわけです。


お!
珍しく、まじめな事を書いたぞ!


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涙の、わけ
いつもよりも、ずいぶん遅くに目を覚ました。

ダイニングに座り、ぼんやりしていると、
突然に、涙が、こぼれた。

悲しくないのに、なぜだろう。


そうだった。

朝早くに、足がツッタんだった、
しかも、両足。

たしかに、泣けるくらいに、
痛かった。

| 鹿月秋 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
思い出のビストロ料理に、カレーライスは含まれていなかった
 思い出の、料理がある。

それを初めて食べたのは、出町柳にあるビストロで、
私がビストロ料理に開眼した店である。

前菜に、田舎風パテ、
主菜に、カーン風トリップを注文した。

この、カーン風トリップを食べた瞬間に、
私は、あまりの感動のあまり、アゴが、
ガクガク鳴った。

比喩でも、冗談でもない、
本当に、アゴがガクガク鳴ったのだ。

この料理は、牛の内蔵とお野菜のシードル煮込みである。

元来、内蔵料理は、好きなのだ。

血の味がするものは、たいてい、好き。

同じ理由で、仔羊肉や、鴨肉も大好きなのだ。

今はもう、口にすることは難しくなったけれども、
レバ刺しだって、もちろん、好きだ。

カーン風トリップ、
思い出しただけでも、よだれが出そうだ。

こういった、古典的な料理が好きで、
それは私の懐古主義にも由来するのだろうけど、
クラシックなものに、私は、弱いのだ。

自分で店を持ったときには、内蔵料理を
メニューにラインナップしたい。

疲れた時には、内蔵料理だと、相場が決まっている、
そうですよね?


今日は、まぁまぁ、ヘロヘロに疲れて帰宅した、
バスルームの水漏れも、しとしとレベル、
もう、大したことはない。

今夜はカレーライスだ。

賞味期限の怪しい卵があったので、
オムレツを焼いて、カレーライスにトッピング。

もちろん、お相手は、赤ワインと、オジュ、
それから、らっきょう。

ベストな組み合わせ。

カレーに鶏のレバーが入ってて、
コクをアップ!

いえ、普通に鶏のもも肉だけです。

BGMは、パヒュームのJPNというアルバム。

ご機嫌です、午前3時。


そして。

今日の、お昼も、カレーライスでした。



私は、クラシックな料理が好きだ。

この日本において、カレーライスも、
もはやクラシックの領域だと思うんですけど、
どうかしらん?
| 鹿月秋 | - | comments(1) | trackbacks(0) |
水漏れオペラ
 「ぼくの伯父さんの休暇」を読んだのは、
たしか、18歳くらいの時だったと思う。

その中で、私が気に入った登場人物は、
「ぼく」と「おじさん」が南フランスへ
ヴァケーションに出かけた時に出会う
おばさんだった。

彼女は、海岸に現れたクジラには、
興味を示さず、ほかの人々がクジラに
興奮しているにも関わらず、
「素敵な風が吹いているわ」とか、
ごく、ありふれた事に感動する人だった。

当時の私は、彼女みたいな人になりたいものだ、
と思った。

そういった、日常のナニカに感動できる人に
なりたい、そう思った。

仕事が終わり、真っすぐに帰宅した。

ドアを開けると、水の音がする。

私は焦った、
しまった、と思った、
洗面台の水を流したままだったのか、と。

慌てて、バスルームへと向かう。

蛇口は、閉まっていた、
代わりに、バスルームの天井から、
かなりの量の水が落ちている。

水漏れだ。

私は、踵を返し、上階へ上がった、
まずは、真上の部屋のチャイムを鳴らす、
反応がない。

その向かいの部屋のチャイムを鳴らす、
時刻は、深夜の1時半である。
もちろん、反応は、ない。

仕方なく、自室へと戻る、
バスルームの水は、軽いシャワーみたいである、
これが夏ならば、「水道代が浮いたな」と言って、
そのままバスルームへと飛び込んだかもしれないが、
季節は、まだ、冬である、さすがに、それは
思いとどまった。

時間が気になったが、2階に住む管理人に
電話をする。

なかなか、出ない、
仕方のないことだ。

しばらく待つと、眠たそうな声が返ってきた。

事態を伝える。

管理人が、走ってくる。

その間に、階下に住む友人に、メールをする、
水漏れ、していないか?と。

彼女は、こちらは大丈夫だと言う、
とりあえず、良かった。

管理人が、バズルームへ入る。

「一度、スペア・キーを持ってきて、
上階に行きます」
と言う。

よろしくお願いします、と私は懇願した。

そして、12月から、突如はまっているオペラのCDを
室内に流しながら、昨夜、残していた食器を洗い始めた、
お腹も空いたので、うどんも作る。

オペラは、いい、
心が落ち着く。

それまで、クラシック音楽には興味がなかったが、
オペラは、素晴らしい、なんと心地の良いミュージック。

1968年録音のベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団、
指揮者は、カール・ベーム、モーツァルトの
「フィガロの結婚」だ。

映画「ショーシャンクの空に」にも使われている。

優雅な気持ちで、水漏れとオペラの二重奏。

悪くないな、と思う。

いや、状況は、悪いのだけれども、
気持ちの有り様が、悪くないのだ。

電話が鳴る、
上階に侵入した管理人からだった。

「こちらは、水を止めました、
バスルームの天井のフタを開ければ、
すぐに排水できます」

言われるままに、天井のフタを開けてみた、
水が、ドバッと落ちてきた。

濡れた、
ずぶ濡れ。

女性のソプラノの、伸びやかな歌声が、聞こえる。

火にかけすぎて、うどんも、伸びた。

いま、午前3時を過ぎて、天井からの水は、
ほとんど、落ちてきていない。

オペラは、第3幕に突入した、
間もなくで、「手紙の二重奏」だ。

オペラは、いい、
心が、落ち着く。

きっと、「ぼくの伯父さんの休暇」に出てきた、
あの、おばさんの頭の中にも、いつも、オペラが
流れていたのだろう。

私は、上階に住む人に、悪態をつくことさえ
思いつかず、伸びた、うどんを食べ、
夜中に起こしてしまった管理人に、
少しばかりの気遣いの言葉を述べることができた。

オペラは、私の心を癒す。

パヒュームは、私の心を、潤わせる。

明日の朝は、パヒュームを聴こうかと思う。


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薮入りだって、構うものか!
 「ああ、薮入りだね、それは」
と、昭和10年生まれの、その女性は、言った。

薮入りって、なんですか?
と私は、聞いた。

「そんなことも知らないの?」
と彼女は答えた。

知らなかった。

調べてみた。

妻が、妻の実家に帰ることを言うらしい、
語源は不明だが、何となく、日本語らしい、
奥ゆかしさが漂っている。

イメージする。

薮とは、おそらく、見通せないという意味だろう、
つまり、妻が妻の実家に帰れば、そこは、一つの
治外法権みたいなもので、私からは、よく見えない。

薮に入る。

そこで交わされる罵詈雑言は、薮の外には
聞こえてこない、私には、聞こえてこない。

妻が、「今夜から実家に帰ります」
と今朝、宣言した。

「日曜日までは帰ってきませんからね、
あなたは、自由にして良いのですよ」

自由。
素晴らしき言葉。

そして、私は、その言葉で、私が不自由であることを知る。

妻が実家に帰るときは、たいていの場合、
仕事が忙しいか、お金がないか、どちらかであり、
そうでなければ、その両方である。

つまり、私は、目の前にある自由を見つめながら、
結局は、自由を謳歌できない構造になっている。

睡眠時間を削るか、財布の中身を削るか、
どちらかの選択をしなければ、ならない、
あるいは、その両方を削る覚悟が必要なのだ。

今月は、アパートの更新月で、まとまったお金が
必要なのだ。

財布の中身には、500円しか、入っていない。

私は、心の中で叫んだ。

構うものか!

それが、どうした!

構うものか!

私は自転車を走らせた、
友人の店へ。

世の中は、ヴァレンタイン・デーだったらしい。

その中に、一人で入っていく勇気はなかった、
その代わりに、深夜営業しているスーパーで
キノコをたくさん買った。

構うものか!

私は、ワイングラスに、安物の箱ワインを
なみなみと注いだ。

パヒュームのCDを大音量で聞く。

構うものか!

睡眠時間を削り、財布の中身を削り、
魂を削り、私は、夜の薮の中へと進もう。

うん、明日こそは、夜の薮の中へ、
今日は、やめておこう、
洗い物なら、ずいぶん、ある。

まずは、そこから、はじめよう。
| 鹿月秋 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
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